2026年9月、ある日本人研究者の受賞ニュースが話題になりました。筑波大学の柳沢正史教授が、「ノーベル賞の登竜門」とも呼ばれる米国のアルバート・ラスカー賞を受賞したのです。
評価されたのは、「オレキシン」という脳内物質の発見と、その欠乏がナルコレプシー(過眠症)を引き起こす仕組みの解明という、28年前の研究成果でした。
実はこのオレキシンという物質、近年登場している新しいタイプの不眠症治療薬の、まさに標的そのものです。
以前の記事「睡眠薬の成人と高齢者における使い方の違い」では年代別の使い分けを解説しましたが、今回は薬剤そのものの違いにフォーカスし、オレキシン受容体拮抗薬という新しい薬のグループを、内科医の立場から徹底比較します。


結論を先にお伝えすると
- 新しいタイプの睡眠薬は、「眠らせる」のではなく「覚醒のスイッチを切る」という発想の薬
- 従来の睡眠薬と比べ、認知機能への影響や依存性が低いとされている
- 日本国内では現在4種類の薬が使用可能で、それぞれ半減期・薬価・調整のしやすさが異なる
- 「効果の強さ」と「翌日への持ち越し」はトレードオフの関係にある
- ナルコレプシーのある方には使えないという、明確な禁忌がある
- 4剤を直接比較した質の高い試験はまだなく、薬の優劣は現時点で完全には決着していない
オレキシンとは何か:「眠らせる」のではなく「覚醒を止める」
私たちの脳の中には、体を覚醒させ続けるための司令塔のような神経(オレキシン神経)があります。
この神経が「オレキシン」という物質を出すことで、脳の別の場所にある覚醒を促す部分を刺激し、同時に眠りを促す部分の働きを抑え、「起きている状態」を積極的に維持しています。
この仕組みが分かったからこそ、「オレキシンの働きをブロックすれば、覚醒を維持する力が弱まり、自然な眠りに入りやすくなる」という発想の薬が生まれました。これが「オレキシン受容体拮抗薬」です。
従来の多くの睡眠薬(ベンゾジアゼピン系やZ薬と呼ばれるタイプ)は、脳全体の活動を抑える方向に働きかけて眠気を作り出す仕組みでした。
一方、オレキシン受容体拮抗薬は、「眠気を無理やり作る」のではなく、「起きていようとする脳の働きを、そっと解除する」という、根本的に異なるアプローチだと理解していただくと分かりやすいと思います。

現在使える4つの薬を徹底比較
現在、日本国内で使用されている代表的なオレキシン受容体拮抗薬は4種類です。
2025年8月には最も新しい4剤目が承認され、選択肢が広がりました。それぞれ特徴が異なるため、比較しながら解説します。
| スボレキサント (ベルソムラ) | レンボレキサント (デエビゴ) | ダリドレキサント (クービビック) | ボルノレキサント (ボルズィ) | |
| 承認時期(国内) | 2014年 | 2020年 | 2024年 | 2025年8月 |
| 体内での半減期 | 約12時間 | 約17〜19時間 | 約8時間 | 約1.3〜3.3時間 |
| 通常用量(成人) | 1日1回20mg (高齢者は15mg) | 1日1回5mg | 1日1回50mg | 1日1回5mg (上限10mg) |
| 通常用量での薬価(1日あたり) | 約109.9円 | 約69.5円 | 約113.8円 | 約71.1円 |
| 効果の特徴 | 入眠・睡眠維持ともに有効 | 睡眠維持効果に優れるとする報告あり | 持ち越しが少ない傾向 | 4剤中最も半減期が短く、翌日への影響が少ない可能性 |
| 翌日への持ち越し | やや起こりやすい | 4剤の中で最も起こりやすい可能性 | 比較的少ない | 比較的少ない |
| 用量調整のしやすさ | 増減の規定なし | 2.5mg・5mg・10mgの調整可 | 増量の規定なし(25mgへの減量は可) | 2.5/5/7.5/10mgと細かく調整可 |
薬価は2026年9月時点の薬価基準に基づく1錠あたりの価格から算出した、通常用量での1日分の目安です。
実際の自己負担額は、健康保険の自己負担割合(1〜3割)や、処方の際の技術料・調剤料などが別途加わるため、この金額そのものが窓口での支払額になるわけではありません。あくまで薬剤費部分の目安としてご覧ください。
半減期(薬の効果が半分になるまでの時間)が長いほど、効果は長続きしやすい一方、翌朝以降まで眠気が残りやすいという、いわばシーソーのような関係にあります。
「しっかり眠りたい」のか「翌日への影響を最小限にしたい」のか、ご自身が重視するポイントによって、適した薬が変わってくるということです。
4剤はいずれも同じ「オレキシン受容体」という場所に作用しますが、内服のタイミングや食事との関係、飲み合わせの注意点などが薬ごとに少しずつ異なります。
この中でスポレキサントはほかの3剤と異なり、効果を出すには1-2時間かかるといわれています。
内服の仕方も、「飲んでからすぐ寝床に行く」のではなく、「飲んでリラックスタイムを作って、眠くなったから寝床に行く」という時間差もあることに注意です。
また食事の直後に服用すると効果の出方が遅れる薬があるなど、飲み方一つで体感が変わることもあるため、処方時の説明をよく確認してください。

4剤目「ボルノレキサント(ボルズィ)」の特徴
2025年8月に国内承認された最も新しい薬です。最大の特徴は半減期の短さで、4剤の中で最も早く体内から消失するよう設計されています。
これにより、翌日への眠気の持ち越しを抑えることを狙った薬です。また、2.5mg・5mg・7.5mg・10mgという4段階での用量調整が可能で、「まず5mgから開始し、効果が不十分なら増量、逆に眠気が強ければ減量する」といった、きめ細かい調整がしやすい点も特徴です。
ただし、登場したばかりの薬であるため、他の3剤と比べて臨床での使用実績・長期的なデータの蓄積はまだ少ないという点も理解しておいてください。
「結局どれが一番効くのか」は、実はまだ決着していない
ここは正直にお伝えしなければならない重要なポイントです。
これらの薬を直接比較した、質の高いランダム化比較試験は今のところ存在しません。
これまでの比較は、複数の研究結果を間接的に統合する「ネットワークメタ解析」という手法によるもので、解析によって「レンボレキサントが最も効果的」とする報告もあれば、「ダリドレキサントの優位性ははっきりしない」とする報告もあるなど、結論が一致していません。
ボルノレキサントについては国内承認されたばかりで、他の3剤との大規模な比較データはまだ蓄積されていません。
そのため、「この薬が一番優れている」と一概には言えず、個人の体質や生活スタイル、睡眠の悩みのタイプに応じて、医師と相談しながら選ぶことが重要です
従来の睡眠薬と比べた、メリットと限界
メリット:認知機能への影響や依存のリスクが低い
脳全体の活動を抑えるタイプの睡眠薬と比べ、オレキシン受容体拮抗薬は認知機能への影響が少なく、依存性や急にやめたときの離脱症状のリスクも低いとされています。
これは、高齢の方や、長期間の使用を心配される方にとって、大きな利点といえます。
限界①:ナルコレプシーには絶対に使えない
ここで、冒頭のオレキシン発見の経緯が重要な意味を持ってきます。柳沢教授の研究で明らかになった通り、「オレキシンが欠乏すること」自体が、ナルコレプシーという病気の原因です。
つまり、すでにオレキシンが少ない状態にある方に、オレキシンの働きをさらにブロックする薬を使うことは、症状を悪化させる危険があります。
オレキシン受容体拮抗薬は、ナルコレプシーのある方には使用できない(禁忌)という、明確な注意点があります。
限界②:日中の強い眠気のリスク
複数の研究をまとめた解析では、この種の薬を使ったグループは、偽薬(プラセボ)と比べて副作用全体のリスクが高く、特に日中の過度な眠気や、寝入りばな・目覚め際に体が動かせなくなる「睡眠麻痺」のリスクが上昇することが示されています。
「認知機能への影響が少ない」ことと「副作用が全くない」ことは、イコールではないという点に注意が必要です。
限界③:眠りの質そのものへの影響は、まだ研究途上
意外と知られていないポイントとして、この薬によって延びる睡眠時間の多くは、主に「レム睡眠」の増加によるものとされ、深い眠りとされる「ノンレム睡眠」を十分に増やせていない可能性が指摘されています。
従来の脳を落ち着かせるタイプの薬とは異なる眠りのパターンを示すため、この違いが体感的な睡眠の質にどう影響するかは、今後さらに研究が必要な部分です。

さらに新しい薬の開発も進んでいる
オレキシンには2種類の受容体(OX1RとOX2R)があり、現在承認されている3剤はどちらのタイプにも作用する「デュアル型」です。
近年は、睡眠との関連がより強いとされるOX2Rだけを選択的に狙う薬(セルトレキサントなど)の開発も進んでおり、より副作用の少ない睡眠薬の実現が期待されています。
ただし、これはまだ治験段階の薬であり、心臓の電気的な活動への影響が懸念され試験が中止された例もあるなど、実用化にはさらなる検証が必要です。
薬を選ぶ際、医師に伝えるとよいこと
- 「寝つきが悪い」のか「途中で目が覚める」のか、症状のタイプ
- 翌朝、車の運転や仕事があるかなど、持ち越しの影響を避けたい生活状況
- 日中に強い眠気や、突然力が抜けるような症状(ナルコレプシーの可能性)がこれまでになかったか
- 他に服用している薬や持病の有無
- 肝機能に問題を指摘されたことがあるか:薬によっては、肝機能が低下している方で用量の調整(減量)が必要になる場合があります
- 普段の食事のタイミング:薬によっては、食事の直後に服用すると効果の出方が遅れることがあるため、いつ・どのように服用するかも確認しておくとよいでしょう
- 費用面での希望:薬によって薬価に差があるため、費用を重視する場合はその旨を伝えても構いません
これらの情報をもとに、医師が薬の種類や量を調整します。市販薬や以前処方された薬を自己判断で使い回すのではなく、症状の変化に応じて相談することをお勧めします。


まとめ
- オレキシン受容体拮抗薬は、「覚醒を維持する仕組みを止める」という新しい発想の不眠症治療薬
- この薬の理論的な基盤は、2026年にラスカー賞を受賞した柳沢正史教授らによるオレキシンの発見にある
- 日本では現在4種類の薬(ベルソムラ・デエビゴ・クービビック・ボルズィ)が使用可能
- 薬ごとに半減期・薬価・用量調整のしやすさが異なり、「効果の強さ」と「翌日への持ち越し」はトレードオフの関係にある
- 最も新しいボルノレキサントは半減期が短く、細かい用量調整が可能だが、他剤と比べ使用実績はまだ少ない
- 従来薬より依存性は低いとされるが、日中の眠気・睡眠麻痺などの副作用はゼロではない
- ナルコレプシーのある方には使用できないという明確な禁忌がある
基礎研究の発見が、何十年もの時を経て実際の治療薬として結実する——今回のラスカー賞受賞のニュースは、そのことを象徴する出来事でした。
選択肢が4種類に増えたことで、これまで以上に「自分に合った薬」を見つけやすくなったともいえます。
不眠症の治療は日々進歩していますが、どの薬にも得意・不得意があります。ご自身の症状や生活スタイル、費用面も踏まえて、医師とよく相談しながら選んでいただければと思います。
参考資料
- Morin CM, Buysse DJ. Management of Insomnia. New England Journal of Medicine. 2024.
- Khazaie H, Sadeghi M, Khazaie S, Hirshkowitz M, Sharafkhaneh A. Dual Orexin Receptor Antagonists for Treatment of Insomnia: A Systematic Review and Meta-Analysis. Frontiers in Psychiatry. 2022.
- Kishi T, Nomura I, Matsuda Y, et al. Lemborexant vs Suvorexant for Insomnia: A Systematic Review and Network Meta-Analysis. Journal of Psychiatric Research. 2020.
- Kornum BR, Breum AW, Mincikiewicz Z, Knudsen-Heier S. Therapeutic Potential of Targeting the Orexin (Hypocretin) System in Sleep Disorders. Nature Reviews Endocrinology. 2026.
- De Crescenzo F, D’Alò GL, Ostinelli EG, et al. Comparative Effects of Pharmacological Interventions for the Acute and Long-Term Management of Insomnia Disorder in Adults: A Systematic Review and Network Meta-Analysis. Lancet. 2022.
- Kishi T, Ikuta T, Citrome L, et al. Comparative Efficacy and Safety of Daridorexant, Lemborexant, and Suvorexant for Insomnia: A Systematic Review and Network Meta-Analysis. Translational Psychiatry. 2025.
- Nie T, Blair HA. Daridorexant in Insomnia Disorder: A Profile of Its Use. CNS Drugs. 2023.
- Mesens S, Krystal AD, Melkote R, et al. Efficacy and Safety of Seltorexant in Insomnia Disorder: A Randomized Clinical Trial. JAMA Psychiatry. 2025.
- Na HJ, Jeon N, Staatz CE, Han N, Baek IH. Clinical Safety and Narcolepsy-Like Symptoms of Dual Orexin Receptor Antagonists in Patients With Insomnia: A Systematic Review and Meta-Analysis. Sleep. 2024.
- 筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)2026年アルバート・ラスカー基礎医学研究賞 受賞発表(2026年9月9日)
- ボルズィ錠2.5mg/5mg/10mg 添付文書(大正製薬株式会社、2025年8月承認) 厚生労働省 薬価基準収載品目リスト(2026年9月時点)
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