「熱中症予防に塩分を取った方がいいって聞くけど、高血圧の薬を飲んでいるのに大丈夫なの?」
「血圧が高いから、熱中症になりやすいと聞いたことがある」
「降圧薬を飲んでいるけど、暑い時期は薬をやめたほうがいいの?」
夏の外来で、高血圧の患者さんからよく受ける質問です。実はこのテーマ、思っている以上に誤解が多い分野です。「高血圧=熱中症になりやすい」という単純な図式は、必ずしも正しくありません。
一方で、暑さそのものが血圧に与える影響や、一部の降圧薬が体温調節にも関わっていることは事実です。
内科医の立場から、高血圧と熱中症に関して正確な情報を整理してお伝えします。
結論:
- 高血圧の人に熱中症予防で塩分を積極的にとることは推奨されない。
- 高血圧と熱中症は「双方向」の関係。暑さが血圧を上げ、血圧の変動が体に負担をかける
- 軽度の高血圧や降圧薬の服用だけでは、必ずしも熱中症リスクが高いわけではない
- 一部の降圧薬は体温調節に影響しうるが、自己判断での中止は危険
- 暑さ本番の前に、かかりつけ医と個別の対策を相談しておくのが最も安全
高血圧の人が熱中症予防に塩分をとるべき?
通常の日常生活の範囲では、血圧のお薬を飲んでいる方が意識的に塩分を増やす必要はありません。 熱中症予防の基本は「塩分」ではなく「水分補給」と「暑熱回避」です。
降圧治療を続けている方が塩分制限をやめてしまうと、脳卒中や心血管イベントのリスクを上げる方向に働くため、そちらのデメリットの方が大きいと考えられています。

なぜ「塩分を増やす」話が出てくるのか
熱中症予防の一般的な啓発では「水分と塩分を一緒に」と言われることが多いです。
ただし、これは主に以下のような特殊な状況を想定した話です。
- 6時間を超えるような長時間の運動・炎天下での作業
- 大量発汗が続く状況での熱けいれん(足がつる、こむら返りなど)の治療・予防
- 水分だけを大量に摂って血液中のナトリウムが薄まってしまう「運動関連低ナトリウム血症」の予防
つまり「熱中症予防=塩分補給」という話は、スポーツドリンクのCMなどでよく見る一般論であって、降圧治療中の方の日常生活にそのまま当てはめるべきものではない、という点がポイントになります。
高血圧治療中の方が実際にすべきこと
- 塩分制限は継続する:1日5g未満(ナトリウム換算で約2,000mg未満)が目安です。この制限により収縮期血圧で約7mmHg、拡張期血圧で約3mmHg程度の低下が期待でき、脳卒中・心血管イベントのリスク低減につながります。
- 水分はのどの渇きに応じてこまめに:我慢して飲まない、逆に無理に大量に飲みすぎない、のどちらも避けます。
- 暑い環境を避ける:エアコンを使う、日中の炎天下での外出・作業を控える、といった環境調整が塩分補給よりずっと効果的です。
- お薬の調整は自己判断しない:利尿薬や一部の降圧薬は、夏場の発汗量増加や食欲低下によって効きすぎてしまうことがあります。ふらつき・立ちくらみなどがあれば、自己判断で塩分や水分を増やす前に、必ず主治医に相談してください。
例外的に塩分補給が問題になる場面
長時間の運動や屋外作業でおびただしい発汗があり、実際に足がつる・強い脱力感があるといった熱けいれんの症状が出ている場合は、話が別になります。
この場合は経口補水液など電解質を含む水分での対応が必要になることがありますが、これは「日常的な熱中症予防」ではなく「治療的な対応」であり、高血圧の主治医と相談しながら個別に判断すべき状況です。
熱中症と高血圧:どちらが先?
「高血圧の人は熱中症になりやすい」とイメージされている方が時々いますが、正確には少し違います。
実際の関係は「暑さが血圧を上げ、その血圧の変動や体への負担が心血管系にリスクをもたらす」という、双方向のつながりです。
暑さは、体にどんな負担をかけているのか
高温環境に置かれると、体は体温を下げようとして皮膚の血管を広げ、汗をたくさんかくようになります。これは体を守る自然な反応ですが、同時に心臓への負担が増えます。
具体的には、皮膚の血管が広がることで血液が体表に集まりやすくなり、心臓はそれを補うために働きを強めます。研究データでは、体温が1℃上昇するごとに心拍数は約26拍/分増加すると報告されており、心臓が必要とする酸素の量も同時に増えていきます。
さらに汗をかくことで体内の水分量が減ると、血液が濃縮され、血栓(血の塊)ができやすくなります。これが心筋梗塞や脳卒中のリスク増加につながるとされています。
猛暑日、実際にどれくらい血圧が上がるのか
中国で行われた研究では、猛暑日に高血圧患者の血圧を測定したところ、収縮期血圧(上の血圧)が平均で11.90 mmHg、拡張期血圧(下の血圧)が平均で7.00 mmHg上昇したことが報告されています。「暑いと血圧が下がって楽になる」というイメージを持つ方もいますが、実際にはむしろ血圧が上振れするケースがあるということです。
また、高血圧がある方では、暑さに対する皮膚の血流の反応そのものが弱くなり、体温をうまく下げられなくなる可能性も指摘されています。体温調節の仕組み自体が、高血圧によって影響を受けているということです。
降圧薬と熱中症:知っておきたい薬ごとの特徴
降圧薬にはいくつかの種類があり、それぞれ体温調節への関わり方が異なります。ご自身が服用している薬がどのタイプか知っておくことは、暑い時期の体調管理の参考になります。
| 薬の種類 | 暑い時期に知っておきたい特徴 |
| 利尿薬 | 尿量を増やす作用があるため、脱水や電解質異常のリスクが高まりやすい |
| ベータ遮断薬 | 心拍数や心臓の収縮力を抑えるため、暑さに対する体の適応がやや鈍くなる可能性がある |
| カルシウム拮抗薬 | 心臓の収縮力に影響し、血管を広げて調整する体の仕組み(代償機構)が働きにくくなることがある |
| ACE阻害薬・ARB | 単独では影響は限定的だが、利尿薬と併用している場合は脱水リスクが高まりやすい |
大切な注意点:これらの薬を服用しているからといって、必ず熱中症になるという意味ではありません。あくまで「体温調節への影響がありうる」という特徴を知っておくことが目的です。
よくある4つの誤解
このテーマは特に誤解が広まりやすい分野です。診療の中でもよく耳にする誤解を、ひとつずつ整理します。
誤解①「高血圧があると必ず熱中症になりやすい」
これは正確ではありません。近年の研究では、ステージ1高血圧(収縮期血圧130〜139 mmHg、または拡張期血圧80〜89 mmHg程度の軽度な高血圧)や、降圧薬を服用している方が、血圧が正常な同世代の方と比べて必ずしも熱中症リスクが高いわけではないことが示されています。
ただし、これは「高血圧なら安心」という意味ではありません。心血管疾患をすでにお持ちの方や、複数の持病を抱えている方では、リスクが高まることに変わりはないため、個別の注意は引き続き必要です。
誤解②「降圧薬は暑い時期に中止すべき」
これは危険な誤解です。自己判断で降圧薬を中止してはいけません。薬を急に中止すると、かえって血圧が不安定になったり、急上昇したりするリスクがあります。
薬の量や種類の調整が必要かどうかは、必ずかかりつけ医と相談の上で判断してください。
誤解③「水だけ飲んでいれば十分」
短時間の活動であれば水分補給は水で問題ありませんが、1時間以上の活動や大量に汗をかく場面では、水だけでは不十分な場合があります。
汗と一緒に失われるナトリウムなどの電解質も、あわせて補給することを検討してください。
誤解④「扇風機があれば大丈夫」
気温がそれほど高くない時期は扇風機でも涼を取れますが、気温が37℃以上になると、扇風機の風だけでは体温を下げる効果が不十分になり、かえって熱い風を体に当て続ける形になって逆効果になることもあります。
猛暑日・酷暑日には、エアコンなど室温そのものを下げる手段を優先してください。
暑い時期を安全に過ごすための実践ポイント
環境を整える
- エアコンを使って室温を涼しく保つ。「もったいない」と我慢しないことが大切
- 近隣の涼しい施設(図書館、商業施設など)をあらかじめ確認しておく
- 気温が最も高くなる午後の時間帯は、外出や運動をできるだけ避ける
特に高血圧のある方の場合、「体温調節の反応が弱まっている可能性がある」という前提に立つと、一般的な熱中症対策よりも一歩早めに行動することが安全につながります。
気温や湿度が高くなり始めた段階で、すでにエアコンを使い始めるくらいの心構えがちょうどよいと考えてください。
水分・服装で気をつけること
- のどが渇く前にこまめに水分をとる
- 長時間の活動時は電解質を含む飲料も検討する
- 薄い色の、ゆったりとした通気性の良い服装を選ぶ
ここで一点注意していただきたいのは、利尿薬を服用している方の水分補給です。利尿薬はもともと体から水分・塩分を排出する作用を持つ薬のため、暑さによる発汗と重なると、想定以上に脱水が進みやすくなります。
「薬を飲んでいるから普段通りで大丈夫」ではなく、暑い時期はいつもより意識的に水分を摂る必要があるという認識を持ってください。

薬の管理について
- 暑い時期が本格化する前に、かかりつけ医に相談し、服用中の薬が熱中症リスクに影響するか確認しておく
- 薬の変更・調整が必要と判断された場合も、必ず医師の指示に従う
- 自己判断での中止・減量は行わない
受診の際に伝えていただきたいポイントとして、「今の血圧の数値」「普段の生活で汗をかく機会(庭仕事、通勤、運動など)」「一人暮らしかどうか」の3点があります。
これらの情報があると、医師側も暑さに応じた個別の対策を具体的に提案しやすくなります。「特に変わりないので大丈夫」と思わず、季節の変わり目の定期受診のタイミングで一言相談してみるだけでも十分です。
初期症状を知っておく
熱中症の初期サインとして、以下のような症状があります。
- 異常な発汗、または急に汗が止まる
- 強いのどの渇き
- 筋肉痛・こむら返り
- 混乱・普段と様子が違う
これらの症状に加えて、高血圧をお持ちの方の場合は「いつもと違う頭痛」「動悸」「めまい」といった症状が重なることもあります。
暑さによる体調不良なのか、血圧の急な変動によるものなのかを自分だけで判断するのは難しいため、少しでも普段と違うと感じたら、我慢せず涼しい場所に移動し、周囲に相談することが大切です。
特に一人暮らしの高齢の方は、暑い日に周囲から定期的に安否確認をしてもらえる体制を、あらかじめ整えておくことをお勧めします。ご家族が離れて暮らしている場合も、猛暑日が予想される日は一本の電話やメッセージを送るだけで、思わぬ体調変化に早く気づけることがあります。
まとめ
- 高血圧の人に熱中症予防で塩分を積極的にとることは推奨されない。
- 高血圧と熱中症は双方向の関係にあり、暑さが血圧を上げ、心血管系に負担をかける
- 軽度の高血圧や降圧薬の服用のみで、必ずしも熱中症リスクが高いわけではない
- 降圧薬の種類によって体温調節への関わり方は異なるが、自己判断での中止は禁物
- 暑い時期が始まる前に、かかりつけ医と個別の対策を相談しておくのが最も安全
熱中症予防に塩分をよく摂取することや、「高血圧=熱中症になりやすい」という単純な思い込みも、「薬をやめれば安心」という自己判断も、必ずしも正確ではありません。
ご自身の持病・服用薬・生活状況に応じた対策は一人ひとり異なるため、暑さが本格化する前に、一度かかりつけ医に相談する時間を作ってみてください。
参考資料
- 猛暑日における高血圧患者の血圧変動に関する中国国内の疫学研究
- 体温上昇と心拍数・心血管負荷に関する生理学研究
- 降圧薬の種類別・体温調節機能への影響に関する複数の臨床研究
- ステージ1高血圧・降圧薬服用者における熱中症リスクの再評価に関する近年の研究
- 熱中症予防に関する環境省・厚生労働省の注意喚起情報
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