廃用症候群とは?入院・安静で体はどう衰える? リハビリの重要性・認知機能の衰えとせん妄状態について内科医が解説

医療

「入院する前は自分で歩いてトイレに行けたのに、退院する頃には歩行器が必要になっていた」

ご家族からこのような声を聞くことは、内科医として決して珍しくありません。

「病気は治ったはずなのに、なぜか体が弱ってしまった」——これは廃用症候群と呼ばれる、入院そのものが引き起こす体の変化です。

今回は勤務医として日々の診療で目にする廃用症候群について、「なぜ体はこんなに早く衰えるのか」「どうすれば防げるのか」を、最新のデータをもとに解説します。

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結論を先にお伝えすると

  1. 安静にしているだけで、1日あたり2〜5%のペースで筋力が落ちていく
  2. 入院患者の約30%が廃用症候群を経験し、高齢者ほど影響が大きい
  3. 病棟を移動すること自体にも、心身に負担をかける「見えないリスク」がある
  4. 予防の基本は「できるだけ早く」「できるだけ動く」こと

廃用症候群とは:安静そのものが「害」になる

病気・入院と聞くと安静にした方が早く治る、そのようなイメージもあるかもしれません。

しかし廃用症候群とは、入院や転院に伴う不活動・安静臥床(寝たきりの状態)によって生じる、体全体の機能低下を指します。

筋力低下や筋萎縮だけでなく、心肺機能の低下、認知機能の低下まで、複数の臓器にまたがって同時に起こるのが特徴です。

入院患者の約30%がこの廃用症候群を経験しているとされ、特に高齢者ではその影響が顕著に現れます。

「治療のために安静にする」ことが、思わぬ形で体を弱らせてしまう——これが臨床現場で日々向き合っている現実です。


体はどのくらいの速さで衰えるのか

「少し休んだくらいで、そんなに変わらないだろう」と思われるかもしれません。しかし、データが示す衰えのスピードは想像以上です。

筋力の低下:数日単位で進行する

安静に寝ているだけで、1日あたり2〜5%のペースで筋力が低下します。

期間体の変化
5〜12日間筋力が約10.9%、筋肉量が約7.8%減少
10日間下肢筋力13%・身体機能14%・呼吸機能12%が低下
2週間(若年健常者でも)太もも前面の筋力(大腿四頭筋)が20〜27%低下

高齢者では、この筋萎縮の速度が若年者の3〜6倍にもなると報告されています。「数日の安静」が、高齢の患者さんにとってはまったく異なる意味を持つことがおわかりいただけると思います。

興味深いことに、筋力低下の約79%は筋肉そのものが痩せる「筋萎縮」で説明できますが、残り21%は神経と筋肉のつなぎ目の変化や腱の硬さの変化など、筋肉の量だけでは説明できない要因が関わっていることもわかっています。

骨・心肺機能への影響

  • 骨密度:不動状態が続くことで骨密度が著しく低下します
  • 心臓:わずか3日間の不動で、心臓が送り出す血液量の低下、心拍数の増加、起立性低血圧(急に立ち上がるとふらつく状態)が生じます
  • その他:認知機能の低下やせん妄(一時的な意識の混乱)のリスク増加、褥瘡(床ずれ)、血栓症、失禁のリスク増加も報告されています

実際、入院患者の30〜40%が、退院時には入院前よりも日常生活動作(着替え・入浴・トイレなど)に介助が必要な状態になっているというデータもあります。


見落とされがちな「もう一つの負担」:リロケーションダメージ

廃用症候群とあわせて知っておいていただきたいのが、リロケーションダメージ(転院外傷・移動ストレス)です。これは病棟間の移動や転院そのものが、患者さんの心身に与えるダメージを指します。

特に集中治療室(ICU)から一般病棟へ移る場面で顕著に現れます。

慣れ親しんだ環境から急に離れることで、不安感・孤独感・自信の喪失といった心理的な負担が生じ、それが睡眠障害・体重減少・疲労感といった身体症状にもつながります。

病棟移動がもたらす具体的なリスク

院内での病棟移動は、単なる「場所の変化」では済みません。データはその影響の大きさを示しています。

  • 転倒リスク:3〜4つの病棟を経験した患者は、1つの病棟のみで過ごした患者と比べて転倒リスクが1.8倍、5病棟以上では2.4倍に増加
  • 院内感染:病棟移動の回数が多いほど院内感染の発生率が上がり、移動のない患者と比べて最大5倍のリスク増加が報告されています
  • せん妄・認知機能低下:特に認知機能に問題がある高齢者や、心身が脆弱な(フレイルな)患者では、急性のせん妄や転倒、施設入所率の増加につながることがあります

さらに、長期療養施設に入所している方が病院から施設へ戻る際、退院後45日間で約40%が何らかの有害な出来事を経験し、そのうち約6割は本来防げたはずのものだったという報告もあります。薬の管理ミス、転倒、もともとあった病気の悪化などが主な内容です。

廃用症候群とリロケーションダメージは、互いに影響し合います。移動によるストレスや不安が活動性をさらに低下させ、廃用症候群を悪化させることがあります。


予防とリハビリの目安:何を、どのくらいすればいいか

「では、入院中はどうすればいいのか」——ここからは実際の予防・対策について解説します。

運動:早期離床が最大の武器

米国心臓協会(AHA)は、集中治療室などにおいても、可能な限り早期から段階的に体を動かすことを推奨しています。

ベッドから椅子への移乗、短い距離の歩行など、日常的な活動そのものが治療の一部という考え方です。

具体的な運動療法としては、以下のようなレジスタンストレーニング(筋力トレーニング)が有効とされています。

  • 最大筋力の30〜80%程度の負荷
  • 1セット5〜12回の反復を2〜3セット
  • 週3回のペースで実施

これに加えて、歩行訓練やバランス訓練を組み合わせた複合的なリハビリプログラムが、より高い効果を示すことがわかっています。

自力での運動が難しい患者さんには、電気で筋肉を刺激する神経筋電気刺激(NMES)や振動療法といった代替的な手段も選択肢になります。

栄養:筋肉を守るための土台

運動と並んで重要なのが栄養管理です。入院中は食欲が落ちてエネルギー摂取量が減りやすい一方で、筋肉量を保つには十分なタンパク質摂取が欠かせません。

全体の食事量が減ってしまう場合には、タンパク質の密度が高い食事を意識することが、筋肉を守る土台になります。

リロケーションダメージへの対策:心の準備も治療の一部

病棟移動によるストレスを減らすためには、以下のような配慮が有効とされています。

  • 段階的な移行:急に環境を変えるのではなく、徐々に慣らしていく(例:ICUから一般病棟へ移る前に、監視機器を少しずつ減らす)
  • 事前の情報提供:移動先の環境やケアの体制について、あらかじめ十分に説明を受ける
  • 不要な移動を避ける:臨床的に必要のない病棟間移動を最小限にする

患者さん本人だけでなく、そのご家族も同様の不安やストレスを感じることが知られています。

「なぜ移動するのか」「次はどうなるのか」を、遠慮せず医療スタッフに質問していただくことが、結果的にご本人の安心にもつながります。


ご家族ができること

「入院中、家族として何かできることはありますか」という質問もよく受けます。以下のような関わりが、廃用症候群やリロケーションダメージの予防に役立ちます。

  • 面会の際、できる範囲で一緒に少し歩く・座る時間を作る
  • 本人の好きな話題で会話し、見当識(今がいつで、どこにいるか)を保つ手助けをする
  • 病棟移動の予定がある場合は、あらかじめ本人にも伝えてもらうよう医療スタッフに相談する
  • 食事量が減っていないか、栄養状態が保たれているか気にかける

入院は治療のために必要なことですが、「安静にしていれば安心」ではありません治療と並行して「動くこと」自体が回復の一部であるという認識を、患者さんとご家族の双方に持っていただくことが、退院後の生活の質を大きく左右します。

認知機能の衰え→せん妄が起きたとき:入院継続か、自宅に戻るべきか

入院に伴う廃用症候群は、体力面だけではなく、認知機能の低下まで及びます。実際に高齢者が入院した時に「せん妄(一時的な意識の混乱)」と呼ばれる状態が起こりやすくなります。

「今まで、ボケていなかったの急にボケてしまった。」と家族側からはとても驚かれる変化です。

一次的な混乱ですが、実際にせん妄が起きてしまったらどうすればいいのか?と疑問に思われた方も多いと思います。実はこの判断について、近年の研究で重要な知見が示されています。

結論から言うと、適切なサポート体制が整えられるのであれば、自宅療養の方が入院継続よりも良い転帰につながる可能性があります。

「住み慣れた環境」自体に治療効果がある

これまで説明してきたリロケーションダメージの考え方とも一致しますが、慣れた環境から離れることで、高齢者のせん妄はかえって悪化することが知られています。

実際のデータを見ると、その差は decisive(決定的)です。

  • 在宅でリハビリを受けた患者群は、入院してリハビリを受けた群と比べて、せん妄が発症する確率が大幅に低い(オッズ比0.17)という結果が出ています。加えて患者さんの満足度が高く、医療費も抑えられました
  • 自宅での複数の対策を組み合わせた介入により、病院での通常のケアと比べてせん妄の発症率が71%減少したという報告もあります

自宅療養が向いているケース/入院継続が必要なケース

ただし「せん妄が起きたら必ず自宅に帰るべき」という単純な話ではありません。以下の条件に当てはまるかどうかで判断が分かれます。

自宅療養が適している条件入院継続が必要な条件
せん妄の状態を迅速に評価できる体制がある自宅でのサポート体制が不十分
家族などの十分なサポート体制がある本人の安全確保が難しい
本人の安全が確保できる急性で重い病気がせん妄の原因になっている
複数の専門職による迅速な対応・綿密な経過観察が必要

この判断は、ご家族だけで決めるものではなく、主治医と相談しながら個別に見極めていくことが基本です。

「家に帰りたい」という本人の希望と、安全に見守れる体制があるかどうかを、遠慮せず主治医に率直に相談してみてください。

薬に頼る前にできること:非薬物的介入が基本

せん妄に対して「お薬で落ち着かせる」というイメージを持たれる方もいますが、薬剤治療がせん妄そのものの持続期間や重症度を改善するわけではないことが、複数の研究で示されています。

実際、米国FDAはせん妄そのものを治療する薬を承認しておらず、現在使われている薬剤はすべて本来の用途とは異なる目的での使用(適応外使用)です。

そのため、まず優先されるのは非薬物的な介入です。

  • 早期離床と歩行
  • 見当識訓練(時計・カレンダーを見えるところに置く、普段使っている眼鏡・補聴器を使用する)
  • ご家族の訪問による安心感の提供
  • 適切な水分・栄養摂取
  • 昼は明るく、夜は暗く静かな環境を作る(睡眠と覚醒のリズムを整える)
  • せん妄の原因となっている薬剤があれば中止する

このような複数の対策を組み合わせることで、せん妄の発症そのものを53%減少させたという報告もあり、薬に頼らない工夫の積み重ねが、最も効果の高い「治療」だと考えられています。

薬剤による鎮静が検討されるのは、本人や周囲の人に重大な危険が及ぶ可能性がある場合や、言葉による説明・安心づけでは対応できないほどの強い興奮・妄想がある場合に限られます。使用する場合も、必要最小限の量で、できるだけ短期間にとどめることが原則です。


まとめ:今日から具体的にできること

ここまでの内容を、実際に行動に移しやすい形で整理します。

入院前・入院直後にできること

  • 入院時に「できるだけ早く動く方針で進めてほしい」と主治医・看護師に伝える
  • 普段使っている眼鏡・補聴器・入れ歯を必ず持参し、入院中も使い続ける
  • 時計とカレンダーが見える場所にあるか確認する

入院中に確認すべきこと

  • 「今日はベッドから椅子に移れますか」「歩く練習はできますか」と毎日リハビリスタッフに確認する
  • 食事量が普段より減っていないか、本人に直接聞く・様子を見る
  • 病棟を移動する予定がある場合、事前に「なぜ移動するのか」「次の病棟はどんな環境か」を医療スタッフに確認し、本人にも伝えてもらう
  • 面会時は可能な範囲で一緒に歩く、座って会話する時間を作る

せん妄が疑われたときに確認すべきこと

  • 「自宅で対応できる可能性はありますか」と主治医に率直に相談する
  • 自宅療養を検討する場合、迅速な評価体制とサポート体制(家族・訪問看護など)が整えられるかを確認する
  • 薬による鎮静が提案された場合、「まず非薬物的な対応を試してもらえないか」を尋ねてみる

退院前後にできること

  • 退院時に、入院前と比べて歩行や日常生活動作にどのくらい変化があったかをリハビリスタッフに確認する
  • 退院後45日間は特に体調変化に注意し、薬の飲み方や新たな症状がないか気にかける
  • 施設や自宅への移行後も、必要に応じて早めにかかりつけ医・訪問看護に相談する
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「入院中は安静第一」という考え方は、もはや過去のものになりつつあります。治療と並行して「動くこと」「慣れた環境を保つこと」自体が回復の一部であるという認識を持ち、ご家族が積極的に主治医やリハビリスタッフに問いかけていくことが、退院後の生活の質を大きく左右します。


参考資料

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  • Padilha CS, et al. Disuse-Induced Muscle Atrophy and Muscle Weakness From Hospitalization to Spaceflight. Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle. 2026.
  • Damluji AA, et al. Older Adults in the Cardiac Intensive Care Unit. Circulation(American Heart Association). 2020.
  • Rawal S, et al. Association of the Trauma of Hospitalization With 30-Day Readmission or Emergency Department Visit. JAMA Internal Medicine. 2019.
  • Blay N, et al. Intrahospital transfers and adverse patient outcomes. Journal of Clinical Nursing. 2017.
  • Kapoor A, et al. Adverse Events in Long-term Care Residents Transitioning From Hospital Back to Nursing Home. JAMA Internal Medicine. 2019.
  • せん妄の診断・管理に関する国際的な複数のメタアナリシス・ガイドライン(非薬物的介入・在宅ケアの効果に関するエビデンス)

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